blog

「なんで手が曲がってるの?」

「なんで手が曲がってるの?」信者さんの子どもから聞かれました。私はその言葉に過去の葛藤を思い出し懐かしさを覚えました。「生まれたときから病気で曲がってるんだよ。でも痛くないし大丈夫なんだよ」少し間があって、男の子は「そうなんだ」と納得したようで、それからはジロジロ見ることも聞かれることもなくなりました。それどころか、一緒に遊んだり話かけてくれるようになりました。期間中、周りにはたくさんの子どもがいました。ジロジロ見たり、仲間を呼んで追いかけて確認する子、気にしない子。過去の私ならその場から逃げ出していましたが、子ども達に悪気はなく、ただただ素直なんだ。ということを布教の家の一年で学び、子どもの疑問には、ちゃんと向き合って答えようと思うようになりました。顔や障害のことを聞いてくる・興味を持ってくる子に、ちゃんと答えると殆どの子は納得してくれます。納得してくれなくても、こっちの気持ちはだいぶ違うのです。どうか、私みたいに見た目に何かを抱えている人のことで聞かれたら、怒らず無視せず向き合ってほしいというのが私の願いです。もう一つ、こどもおぢばがえりで最高に嬉しいことがありました。夜のパレードの出番までテント下で待機していると「サムー!」と呼ばれたので振り向くと、布教の家の子ども会で一緒に遊んでくれた子ども達が兄弟揃って会いにきてくれたました。彼らもはじめて会ったときは私の顔や障害をジロジロみて少し怖がっている様子でしたが、障害の説明や一緒に遊んだりしたことで仲良くなり、最後の子ども会では「子ども会で何が一番楽しかった?」という寮生の問いに「サムと遊んだこと」と言ってくれた子でした。半年経った今でも覚えて会いにきてくれて本当に嬉しかったです。私は天理教の中で、少しずつ変わっていけてると思うのです。でも、それは自分の力ではなくて周りにいる人の支えがあるからだと言いたいです。ありがとうございました。